根暗院生のキラキラインターン日記

日本の中心で根暗かつ田舎者の大学院生がインターンをしてみた。そんなブログです。

福島を愛する人達はもっと好きだ

と、いうことで。

 

 

 

すったもんだあって1週間。

 

 

 

始めた当初は

 

 

 

 

よおーーーーーーーしっ☆

毎日更新するぞっっ☆☆

 

 

 

 

 

なんて、一応意気込んでみましたが。

 

 

 

 

まぁ、やっぱり無理でしたね。

 

 

 

 

 

 

ははっ、むりぽ☆

 

 

 

 

 

 

と、早々にリタイアしました。

 

 

 

 

 

まぁ、元々そんなにアグレッシ部な方でもなく、数か月前まではおうちで一言も言葉を発さない日もあるようなもんでしたから、

 

 

 

 

これでも一応がんばってるんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばってるんですっ☆☆

 

 

 

 

 

 

 

はい。

 

 

 

 

 

 

と、今回は極めて難儀なキャラ設定に、序盤から気色が悪いですが、まぁ何が言いたいのかと言いますと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福島に帰ってきました。

 

 

 

 

 

私の多感な青春時代を過ごした、福島県に帰ってきたんです。

 

 

 

 

 

 

 

そう。

 

 

 

だから、1週間前までは福島の新鮮な空気を吸って気持ちが洗練されていたんです。

 

 

 

 

 

でも

 

 

もうこれです。

 

 

 

 

もうこれなんですっ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうのはさておき、

 

 

 

 

 

 

私の愛する母校・福島大学に帰ってきたのは卒業以来で、

 

特に何があるから、というわけでもなかったんですが、

 

なんとなく

 

 

「そうだ、福大に行こう」

 

 

と思い、

 

 

どうしよっかなーーーーーー

 

 

と割と直前まで考えていたのですが、

 

 

 

まぁ、行こうと思った時に行っとかないと、一生行かん気がするな、我。

 

 

 

と、いうことで、

 

 

帰ってきました。福大。

 

 

 

と、いうのも、私、

 

高卒

一浪

会津短大

福大(3年次編入

大学院(現在)

 

という、非常に綱渡りな道を辿ってきたため、

 

 

福大にいたのは実質2年間しかなく、

 

 

 

それほど「この人に会いに行こう」なんて人もいないんですね。

 

 

ちなみに、唯一

 

「今度福大に帰ったら、この先生に挨拶をしよう。

伝えたいこと、いっぱい伝えてこよう」

 

と思っていたゼミの先生も、ご家庭の事情から福島大学を去っていた。

 

 

 

 

それだけの時間が経ったんだ、と思いました。

 

 

 

 

今回は、実質1時間ぽっちだった、それだけの私の福大体験記を残しておこうと思います。

あの時、何を見て何を感じ何を思ったか

 

今ここで再度整理を。

 

その感情に一つ一つ、名前をつけていこうと思います。

 

 

 

 

 

 

~第1章・ロード編~

 

 

 

まず、福大に行く前に思ったこと。

 

 

 

 

 

そうだ。

 

ルートを間違えた。

 

 

と思いました。

 

 

 

どうしよう、全然懐かしくないし、エモくない。笑

思ってたのと違う。

 

 

 

つまり、私は大学時代と逆の方向、郡山方面から金谷川(福大最寄)に向かってしまったんですね。

 

 

 

南福島金谷川→郡山の方

 

なんですが、その逆の

 

×郡山の方→金谷川南福島

 

と、行ってしまった。

 

何なら、「×」ルートで金谷川へ行ったのはこれが3回目くらいで、

何の感情も湧き上がってこなくて、その時の感想といえば

 

・雨降ってんなー

・目の前のカップル顔似てんなー

・トイレいきたい

 

ぐらいでした。

他には特にないです。

 

 

 

 

でもまぁ、そんなことを考えていると

 

 

金谷川に着きます。

 

 

 

 

 

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はい。金谷川駅です。

 

 

何の変哲もない駅すぎて、縁もゆかりもない方々は、「あ、そ」が率直な感想だと思います。

 

そうです。

それが正しいです。

 

 

 

 

しかし、我々福大生にとっては

 

「うへーーーーーなつかしーーーーーーい」

 

 

と、なるわけです。

 

これ1枚で1時間は語れます。

 

はい、嘘です。

 

あ、それとそうそう。この謎の建物。

 

 

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「喫茶・食堂 たんぽぽ」。

 

 

 

ええ、1度も行ったことはありませんでした。

 

 

 

「謎だよね、今度行ってみようね」と当時友達と行っていましたが、案の定1度も行くことはなく終わり、それでもやっぱり後悔などはありませんでした。

 

 

むしろ、忘れてました。

 

 

 

 

それくらいの建物です。

 

 

 

きっとまた今日寝る頃には忘れてるんでしょう。

 

 

 

 

 

 

と、そんなこんなで、

 

思い出があるんだかないんだかよく分からない駅から出ると、この景色。

 

 

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あの有名な福大前の坂道ですね。

 

 

へぇ。

 

 

 

 

まぁ、これも内輪ネタなんですが、この坂を上って福大生は毎朝登校するんです。

 

 

友達がいる人も、いない人も。彼女と朝から手つないでやってくるやつも、ポッケに手つっこんでひたすら下向いて歩いてくるやつも。

 

 

 

すべての福大生を大学まで送り届けてくれました。

 

 

 

まぁ、そこそこの感謝。

 

 

 

 

そうこうしていると見えてくるのが、これ。

 

 

 

 

 

ボラセン。(ボランティアセンター)

 

 

 

 

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どうでしょう。

 

少し、福大チックな話になってきました。

 

 

たぶん恐らく、震災があったために作られたボランティアセンターだと思います。

 

 

と、いうのも、震災から2年経って福島大学編入学してきた時にはもうできていて、

 

ボランティアセンター」として稼働していました。

 

 

今は詳しく知らないのですが、震災当時の福島大学は、

原発事故など未曾有の事態における研究施設として、

大学の至る所に放射線計測機があったり、

東京の大学から研究者の方々がいらっしゃったりしていました。

 

 

その中でも特に、開沼博先生という震災学の先生は有名で、

このボラセンで、私のゼミの院生さんが助手をなさっていたのを思い出します。

 

 

毎日このボラセンを見ながら講義棟まで行っていた私達ですから、

そりゃ自分達は被災地にいるということを

毎日痛感せずにはいられなかったんだと思います。

 

 

 

そして今でもこのボラセンが福島大学への入り口で迎えてくれる、

 

 

それが今の福島のすべてなんだと、

 

その後に歩を進めた私は思い知らされました。

 

 

 

 

 

 

~第2章・ダンジョン編~

 

そんなこんなで歩を進めていた私ですが、

 

一歩一歩無言で歩いていくと、出てくるのが、これ。

 

 

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学生会館。

 

 

 

今だからこそ、こんな

 

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ファ〇リーマートなんて、洒落た建物ができちゃったので、そんなに有難みは沸いてきませんが、

 

私達の時はファ〇リーマートなんてハイカラな建物1つもなかったですし、他にもそれにまつわるものはなかったですから、つまり何が言いたいのかと言いますと

 

 

 

 

学生会館ありがとう。

 

 

 

この学生会館には、学食と購買の「生の2本柱」がありまして。

 

 

 

もう、ほんとにお世話になりましたよ。

 

 

そして、その学食には福島の食べ物がいっぱい使われていました。

 

 

震災当時は風評被害で全く福島の食材が売れなかったので、

福大生が真心こめて胃袋に入れていました。

 

 

 

でも、私は今だって、こんなに大きくなりました。

 

 

そういうことです。

 

 

だからね、わたくし。他に食べたい思い出のラーメンもありましたので、迷っていたのですが、

 

やっぱり学食食べたいなぁー

 

と思って、行ってみたんです。

 

 

行ってみたんです。

 

 

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こんな調子でした。

 

 

はい、絶賛改装中☆です。

 

 

 

私達が通っていた当時からボロボロでしたので、

 

 

 

え、今さら…?(笑)

 

 

が率直な感想でしたが、

 

 

あ、「今さら」か。

 

 

と、後に思いました。

 

 

そうです。

 

つまり、震災当時の福島大学はぶっちゃけ

それどころじゃない」の状態で、

大学や学食がボロいくらいでも普通に生きていける大学生のことまで

手が回らない状態でした。

 

 

 

 

それから7年の月日が流れました。

 

 

 

福島大学は、やっと、老朽化されていた色々な所に手が施され始めました。

 

 

 

 

 

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大学の肝となる学生課などが入っているS棟は、少し外観が綺麗になりました。

 

 

 

でも、その一方で、

 

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M棟・L棟はボロボロなままでした。

 

この日の天候も相俟って、このまま雷が落ちてきたら、確実にお化け屋敷です。

 

 

 

そして、これも。

 

 

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プレハブ棟です。

 

 

そして、放射線測定器

 

 

 

どちらも震災があったために作られたものです。

 

 

 

放射線測定器は研究のため、

プレハブ棟は震災で使えなくなった講義室を補うために作られたものでした。

 

 

 

私は在学時、このどちらも、

 

 

 

 

 

私がここを去って2、3年もすればなくなってんだろうなー

 

 

 

 

なんて考えてました。

 

 

 

 

 

 

考えてました。

 

 

 

 

 

 

 

 

7年経ちました。

 

 

 

 

これが、福島の現実です。

 

 

 

 

 

福島は今、被災地なのか、被災地ではなくなったのか。

 

 

 

 

正直、私には分かりませんでした。

 

 

 

でも、そういえば、と思ってここに行ってみました。

 

 

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大学の附属図書館です。

 

 

 

学食や講義棟は「今さら」改築に着手され、何とも言えない状況ですが、

 

この図書館は、私が在学していた2013年頃には新しく整備されていました。

 

 

その当時には、(改装工事で入館禁止となっていたため)

 

 

なんだ、卒論書く場所なくなんじゃんかよー

本も借りれんし何で今のタイミングやねん泣

 

 

とぼへーーとしながらグチばっか言っていましたが、

 

 

今ではあれが、福島の再生力だったんだと思いました。

 

 

まずは、

人々に豊かな日々の生活を送ってもらえる環境を。

自分の心を健康にできる環境を。

 

 

そのためには、町のシンボル的存在の大学図書館を。

そこで、あるべきはずだった生活と、自分の心を整える活力を。

 

 

 

 

 

その当時は、暗中模索の日々に、福島全体が疲弊しきっていました。

 

 

様々なことを、他県の方々、海外の方々に

やってもらわないと日々の生活が成り立たないような日々でした。

 

 

しかし、それではやっぱりだめだったんです。

 

というか、

 

嫌だったんです。

 

 

 

一方的にやってもらうだけの毎日ではなく、

 

 

自分達からも変えていく。発信していく。

 

 

前代未聞の事態なんだったら、

 

 

 

前代未聞のアイデアと力を、世界に見せつけてやろうじゃないか。

 

 

 

 

そのふくしまプライドが、今でも根付いているのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだろう。

 

今回、福大に帰って分かったのはただ1つ。

 

 

 

 

私はやっぱり、福島が好きだ。

 

 

 

 

ということでした。

 

 

 

あの時期のあの頃に福島にいた

 

 

 

福島大学にいた。

 

 

 

 

編入学で入った私は、

 

あんな倍率の高くて苦行すぎる試験を受けて入った私は、

 

受かったのなんてやっぱり奇跡にしか思えなくて、

 

その2年間は、神様がくれたプレゼントなんだと何度も思いました。

 

 

 

そして、福島にいた先週の2日間、

私はずっとその福大で出会った友人達と過ごしていました。

 

 

 

そして東京に戻りました。

 

 

 

インターン先の方々に「福島大学」と書かれた缶に入ったクッキーを渡しました。

事業部ぼすのMさんは「福島大学センター試験で行きましたよ」と言いました。

 

 

 

お昼のランチで福大先輩のM先輩にお土産を渡しました。

M先輩は「これは本当にうれしいよ」と言いました。

 

 

 

その数日後、東北支援をしているNPOの方に取材をしに行きました。

取材先のNPOの方は「風とロック私も行きましたよ」と言いました。

 

 

 

 

今東京にいて、福島の話をして、こんなにも笑顔になっている人達がいる。

 

 

私は不思議で不思議で、仕方がありませんでした。

 

 

でもそれはつまり、

 

その人たちみんなが福島に誇りを持っている

 

ということなんだと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

私が今回の旅で分かったこと。

 

 

それは、

 

 

私は福島が好きだ。

 

 

 

だけど、

 

 

 

 

福島を愛する人達はもっと好きだ。

 

 

 

 

と、いうことでした。

 

 

もしかしたら、私がこの先一生ずっと頭が上がらないのは

今の研究室の教授でもK村先生でもS木先生でもあるけれど、一番は

今ここまで私を連れてきてくれた

 

 

 

福島

 

 

 

 

なのかもしれない。

 

 

そんなことを考えながら、今日は

 

 

エモ良い感情に浸っておやすみします。

 

 

 

最後に、だけど福大生だって大体はこんな「頭ん中お花畑」ですよと言っといて。

 

 

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ありがとう。

 

またね。福島。